一番始めに奴を見たのはもうずいぶん昔のことで、それがいつだったか、とかそういうのは正直、詳しく覚えてない。ただそのプレイが頭に焼き付いて、圧倒されて悔しさ、歯痒さをその胸に抱いたのだけは覚えてる。
 身体に――刻み込まれた痛みだった。



可 視 光 線 [真田と藤代]





「あれ、」
「……」

 頭から水をかぶったのか、藤代の頭からは雫が滴り落ちていた。

 ――あれ、…えーと、

「…さなだ」
「あ、そうそう。さなださなだ」
 なんかさ、若菜達が一馬って呼んでるのは覚えてたんだけどさ。
「名字がなかなかさー」
「……」

 名字すら覚えてないのかよ。
 悪びれもしない藤代の様子に小さく顔を歪める。珍しく話し掛けてきたと思えばコレだ。藤代にとって結局自分は名前すらも覚えてもらえない存在なのだと改めて感じて、ひどく苛立って、心が軋んだ。
 何も言えずに、視線を逸らしながら蛇口を思い切り捻る。思ったよりも強い水の圧力に手が押され、いたさを覚えた。

「真田、水出しすぎだって」
「……しってるよ」
「え、じゃあ緩めろよ」

 藤代はなにが面白いのか、少し声を出して笑った。そして横へ来て蛇口を捻って水を調節する。
 すべては無言の出来事で、すべては何気ない仕草で時間がすぎる。
 なにやってんだ、俺。
 藤代のゆびさきを見ながらそう思って、顔を歪めた。

( なにやってんだ、俺。)

 さっき怪我をした膝の怪我がじくじくと化膿していく。

「派手にやったよなー。消毒は?もうやったの?」
「その前にまず洗えって英士が言うから」
「郭が?」
「…なんだよ」
 へえ、いい奴じゃん、とそう言いながら笑う藤代に、そう声をかける。
 藤代はやっぱり笑顔で続けた。
 えがお で。
「え、いや、なんかさ」
 と。


「なんかほら、真田っていつも誰かになんか世話されてる感じがするからさ」
「なっ、」

 俺は別にっ


 カ、と、一瞬頭に血が上った。
 ―― 俺は別に。
 その先が続かない。

 でも、腹が立って、
 苛立って、
 腹立たしくて、
 まるで自分が情けないとでも言われたような気すらして、


 悔しさで、視界が歪んだ。

「…俺は、別に」

 藤代にしてみれば裏のない――純粋な言葉で、だからこそ、これほどまでに自分にとって打撃を与える言葉となる。
 なんて愚かで滑稽なんだろうと思った。
 いつだってそうだ。

 結人のように気軽に誰とでも触れ合えるわけじゃない。
 英士のように冷静にまわりを見渡せる視野を持ってるわけじゃない。
 唯一のサッカーでさえ、自分は誰の目にも止まれない。そんなプレイしか。
 存在感のあるプレイなんて、出来やしないで。

(――なにももってないんだ。だから、俺は)

 なにもかもだ。
 あいつの持ってるものすべて、なにもかもが俺にはないんだ。
 結人の持ってるものも英士の持ってるものも、なにも持ってない。なのに、それなのに藤代の持ってるものが眩しくて悔しくて歯痒くて、

 ――視界にすら、映れない。(だから名字も名前も呼んでもらえない)



「そりゃ、英士や結人はお前からしてみれば、…俺からもだけど、すげえとこ持ってるだろうけど」

 そう呟きながら、藤代を見据えた。藤代は相変わらず笑顔で。
 笑顔で、自分をみてる。

( のぼりつめたいんだ。)
 劣った人間であると、わかってるから。
 自分の側にいてくれる友人達みたいに。のぼりつめて、何かを得たいんだ。


 でも、だから。



「…俺だって、」

 おれだって、サッカー好きだから

「だから、……」


 言葉が宙を舞って、湧き上がってくる感情とともに泣いた。
 出会ったときからそのプレイに魅せられて、ああなりたいと思い続けて、追いつこうとするたびに先へさきへと向かっていく背中を、自分は追って。追い続けて。

 ――いつまで追い続けてればその視界に入れるのかすら、わからなくて。


( のぼりつめたいんだ )

 その視界に少しでも自分が入れるなら。でも入れるわけがないと、わかってしまうから。
 
( だから悔しくて惨めになるんだ )


「…なんで、お前みたいなのが、同じ場所にいんだよ」


 心の底から湧きあがった感情だったのに、。
 自分が呟いた言葉に、自分で嫌悪した。


 藤代はやっぱり、わらっていた。



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