君が生まれてきてくれてほんとうによかった


ブルーメタリック [潤慶と英士]



「……なんなの突然」
 気持ち悪い、と、英士は数秒の沈黙の後そうつぶやいた。
 けれどその言葉はけしてはき捨てるようでなく、また照れを隠しているわけでもなく、ただ静かにしずかに淡々とつぶやかれていて、僕はそんなよんさにわらう。
「……なに」
「なんでもないよ、よんさ」
 かすかに空気が震えたのを感じたのか、英士が少しだけ押し殺した声をだした。
 よんさはいつもいつも、僕に対してそんな声を出すね
「お前がいつも変なことをつぶやいて一方的にきるからでしょ」
 電話を切ったあとに考え込むこっちの身にもなりなよ
「考え込んでくれるよんさが好きだなあ、ぼく」
「馬鹿いうんじゃないよ、誰がお前のために。わからないことが目の前に放り出されるからそれを消化したいだけ」
 彼の態度と同じように凛としたその言葉に小さく目を細めて、受話器を肩で押さえる。あいた手でカレンダーへと手を伸ばした。
 そして静かに1月2月3月とぱらぱらとめくっていき、胸に宿る感情を言葉にする。
 (ああ、ああ、ほんとうにそうおもうんだ、よんさ、)

「よんさが生まれてきてくれてほんとうによかったよ」
「だからなんなの、いったい」
「よんさがいてくれるだけで、僕はひとりでないと思えるもん」
「……きるよ」
「きってもまたかけるよ」
「今日のお前は変だ、ゆんぎょん」
 変だ、とつぶやく英士に「そう?、僕はいつもこうだけどなあ」と声のトーンをあげて答えをかえした。
 日本へ初めていったときのことも覚えているよ、よんさ。
 たのしかったねえ、ゆうととかずまとも出会えたし。よんさは正解だったね、日本へ行って。
「なにがいいたいの」
「ねえ英士、よんさのこの14年間のうち、ほとんどの時間を僕はゆうととかずまに奪われたね」
 だったら、せめてそれと同じ時間を僕に与えてくれるべきじゃない?
「ねえ、よんさ」
「…………………」

 卓上カレンダーをぱらぱらと無意味にめくりながら、自分の手の中で自由に動く時間を見つめ続けた。
 ねえよんさ、
 呼びかけには答えなど返ってはこず、しずかな沈黙だけが訪れる。
 ぱらぱらとゆれる時間、小さく丸を打ってある日付。
 わかる?よんさ、

「僕はよんさとあいたくなかったよ」
 あわなければ、よかった
「……お前はわがままだ、ゆんぎょん」
「知ってる」
「俺は日本で生きる。お前はそこで生きる。もうずっとやってきたことでしょ」
「そうだね」
「なんでいまさら、……なんで、いまさら」

 なんで いまさら、。
 よんさの声が小さくゆれた。顔が見えなくてよかったね、よんさ。今のよんさの顔なんて、よんさは見られたくないだろう?僕もみたくないよ(決意がゆれていくじゃないか)

「…………冗談だよ、」
 よんさ
「冗談だ」
 だからなかないで、
「誰がなくっていうの」
「あれ、ないてなかったの?」
「きるよ」
「ああ、切る前にちょっとだけ時間をちょうだい」

 僕はスペインへ行くよ

「………ゆ、」
「ありがとう、じゃあね、よんさ」
 ばいばい


 ばいばい。

 言葉をつぶやきながら受話器を置いた。
 卓上カレンダーはしるしのついた日付でとまっている。そう、僕はいくよ、よんさ。
 君がいない場所にいく、見えない場所へいく。


「感傷的になってるわけじゃないよ」
 感謝してるだけ

 小さくつぶやいて、そして時間をもとに戻した。
 今日の日付へと戻っていくカレンダーを見ながらしずかにしずかに、けれど僕らは出会ってしまったね、と、つぶやいた。


 ありがとう、さようなら。
 君が生まれてきてくれて 本当に よかった

 そして、僕の言葉を聞いて、感情の渦に巻き込まれているだろうよんさを思って、

 ――しずかに わらった。



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