そこにあるのはなんて残酷な、



シ ニ ユ メ [真田と藤代]





「若菜ー」
「おー。――あ、ワリ、ちょっと待ってて」
「いいけど、あんまり遅いと先行くよ」
「あーい、了解ー」
 英士の言葉に結人は軽く頷いて、声が呼ぶほうへ小走りで向かった。残された俺たちは微かな気まずさを覚えながら、その後ろ姿を無言のまま見つめ続ける。結人が向かった先には5.6人の選抜メンバーが集まっていて、結人はその輪の中にすんなりと入っていった。結人はいつも人の輪の中にいる。それは結人の持つ雰囲気のせいなのか、裏表ない物言いと性格のせいによるものなのかはよくわからなかった。その両方なのかもしれない。
「…だね、一馬」
「あ、え?」
「最近結人と藤代は仲がいいみたいだね」
 え?と聞き返せば、無駄を一切省いた返事が返って来る。英士の声はひどく淡々としていて、感情がまるで見えてこない響きを持っていた。
 仲がいい。仲がいいと英士はそういう。確かに結人は最近になって、持ち前の明るさから友人の幅を広げ、中でもゲームの話題で藤代とよく盛り上がっているのを見かけた。けれどそれが一体なんだというのか。
 英士の言いたいことがわからず、考えてみたけれど、やっぱりその裏にあるものはわからなかった。ただわかるのは、英士という人間は、感情が大きく揺れている時ほどその感情を上手く押し隠す人間だということだけだ。取り繕うことはせず、ただ、押し隠す。
「……英士、嫌なら結人に文句言えばいいのに」
「俺は別に嫌とかそういう感情はないよ。ただ、一馬が、」
「俺がなんだよ」
「……ごめん」
「……」
 ごめん、余計なことを言ったね。
 英士が取り繕うように少し目を細めて笑う。取り繕うのは、俺という人間を尊重しているのか、俺という人間を甘やかしているからか。ともかく、ひどく優しく笑うのだ。まるで腫れ物を扱うかのように、大事にしてるかのように笑って、俺をなだめるように接してくる。
 確かに、英士の今の発言は俺に対しての侮辱だった。表面上は何でもない言葉だったけれど、まるで俺の心を見透かして代弁してやったかのような、言い草に取れた。でもそんなこと、謝らなければ思わなかったのに。
 英士は時折、頭が良すぎる故に勝手に先回りをして自滅する。
「気にすんなよ。……俺、別に、なんとも思ってないし」
「……」
「あの二人が仲いいのだって、別に。……なんか似てるっぽいし」
「……そう」
「ん」
「そうだね。悪かったね、変なこといって」
 英士はやっぱりサラリとそう続けて、それ以上追求してこなかった。

 英士の言いたいことはなんとなくわかっていた。恐らく英士は、俺が藤代に対して抱いている感情をよく知っているのだ。結人よりも賢明であるが為に、理解してしまっているのだ。英士が謝ったりなんかするから、俺はそれを感じ取ってしまった。今までなんとも思ってなかった気遣いすら肌に張り付くような粘着質を持ったようなものに感じ、振り払いたくなってしまう。「知られている」という事実から目をそむけたくなった。背後からは結人の笑い声が聞こえる。

「……」
「一馬、先行こうか。もう少しかかりそうだし」
「…いいよ、別に。英士は結人待ってたいんだろ、無理すんなよ」
「…一馬」
「いいっていってんだろ!」
 自分の声に自分で驚いた。英士の目が一瞬、見開かれる。その瞬間罪悪感が身体中を襲った。
 英士はそれでも優しくやんわりと「そうだね、まとうか」と受け流すだけだった。

「……」
「んだよ、かずま。お前なに、どうかしたわけ?」
「結人、遅いよ」
「ん、え、もしかしてなに、俺のせい?!」
「違うよ。俺が余計なことしただけ。――ともかく帰るよ。もういいんでしょ」
「えー?なんなわけー?」
 英士は不満そうな結人をなだめながら、穏やかに俺を促す。
「いこう、一馬」
「……」
「かずま?お前ほんと今日、変じゃね?」
 結人の声も被さって聞こえてくる。
 二人の言葉は脳に響き、その意味を理解できているはずなのに、どうしてだか足は動かなかった。いこう。いかなくちゃ。いけばいい。動けよ。感情ではそう思うのに、身体はうまく動かない。
「一馬?」
 英士が手を差し伸べてくる。結人は呆れた顔して俺の肩に手を置いた。
「なにやってんの、お前。はやく帰ろうぜ」
「……」
 けれどやっぱり身体は動かない。地面に縫い付けられてしまったように、動かない。焦って口を開こうとするが口すら開けず、ただパクパクとまるで金魚のように空気だけを吐き出した。
 なんでだと下へ目をやれば、

「――ッ!」
 ふじしろ。

 藤代がいつものように飄々と笑いながら俺の足首を掴んでいた。
 やめろ。そう叫べば(けれどその叫びは声として出されなかったのかもしれない。もうそれすらもわからなくなっていた)
 藤代はやっぱり、笑いながら「なんで?」と聞き返し、(けれどその声は本当に藤代のものだったのかすらわからない、だって俺はあいつの声をこんなにも近くで聞いたことなんて、)
 気がつけば結人も英士も誰もいなくなっていて、(暗闇だけがそこにあって)
「さなだ」
 藤代が楽しそうにわらう。掴まれた足首が酷く痛い。離せといえば、その手はあっさり離れていった。
「ねえ、真田ってさ」
 ねえ、と問い掛けるように呟きながら、藤代はどこか確信めいた声で軽い調子で続けた。軽くかるく、まるであざ笑うかのように、
「そんなに」
 ――耳に、響く。

「真田っておれのこと好きなの?」
 藤代の残酷な声だけが、その場に響いていた。


「……ッ!!」
 飛び起きる。
 夢だとわかったのはそのすぐ後だった。汗で服が張り付きひどく気分が悪い。夢だ。ゆめだ。ゆめだ。
 これは夢だ。
 けれど現実だ。
「……ちがう…」
 ちがう。
 好きなんかじゃ、なく。

 けれど掴まれていた足首をすぐ離された瞬間、寂しさと息苦しさを覚えたのは確かだった。逃げ道がどんどんなくなっていくのを自覚した。
 好きなんかじゃなく、ただ、
(――ただ、あの声で名前を呼ばれてみたいと。)

 けれど現実はいつも残酷だ。あいつに名前すらまともに呼ばれないのに、なぜこんなにも切望する必要があるのか。呼ばれることがないのは、呼ばれないのは、あいつが俺を視界にすらいれないからだ。わかっているのに。なのに。
(夢に見るほどに、望んでる)
 惨めだった。惨めだと、自覚させられた。

「……ごめん、」
 ごめん。

 訳もわからず謝罪だけが口をついてでた。目からは涙がとめどなく溢れ、訳もわからず泣き続けた。惨めで仕方なかった。嗚咽だけが部屋を包んでいた。
 出来ることなら、誰かにこの感情の名前を教えてほしいと願った。
 けれど誰にも話せないことも知っていた。どこにも出口などないのだ。結人のように気軽に話し掛けることもできない。英士のように、無関心に徹することもできない。中途半端な衝動だけが胸をくすぶり続けて、支配し続けて。
 ただわかるのは、自分がこれだけ悩んでもなやんでも、相手はけしてそれに気付くことはないということだけで。

「……ごめん…」

 目をとじれば、瞼にはやっぱり笑っている藤代の顔だけがあった。
 ひどく惨めで、苦しかった。


 2004/10/31 haruka.S